廓の華

 団子を口に運びながら隣の気配を探った。久遠さまは何も言わずに茶をすすっているようだ。

 女将は噂話が好きなようで、口が止まらない。


「そうそう、謎の多い火事だって火消したちが騒いでいたわ。ここだけの話、死んでいた男の素性が腕利きの〝人斬り〟で、遺体の胸に大きな刺し傷があったんだって……しかも、人斬りを雇ったのは財力のある大商人の妻らしいの。名前は、たしか」


 その時、遠くから女将を呼ぶ声がして話が途切れた。いい所だったのに。続きに興味が湧いたが、引き止めるまではいかなかった。

 せかせかと遠ざかる足音を聞いた後、小さく口を開く。


「物騒な事件ね。人斬りに殺されそうになった誰かが、返り討ちにしたのかしら」

「……さぁ、どうだろうな」


 感情の読めない返事だ。たまに久遠さまは別人のような声で呟く。

 やがて、彼は私がお茶を飲み干すのを待って立ち上がった。女性の声が遠くに聞こえるため、女将は他の客の対応に追われているらしい。

 久遠さまは勘定をお盆の上に置いたようだ。ちゃりんという硬貨の重なる響きに、遠い記憶が蘇る。


「あ……」

「どうした? 牡丹」

「ううん。今ね、ふと蘇芳さんを思い出したの。以前に茶屋で奢ってもらったことがあって。お礼を伝えずに町を出てしまったわ」

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