秘密の子育てだったのに、極上御曹司の溺愛から逃れられない
 俺はソファーに深く腰掛け、背もたれに頭を預けて天井を見上げる。

「俺もたいがい諦めが悪いな」

 自分で自分を嘲笑した声が、耳の奥で鈍く反響した。

 ふとして恵麻ちゃんの様子が気になり、俺はゲストルームに向かい、彼女を起こさないようにと慎重にドアを開けた。

 ベッドを覗き込むと、恵麻ちゃんは変わらずすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。

 布団の中にあったはずの小さな両手は万歳をするように上へ伸びていて、その愛らしい姿に、俺は自分の頬が緩むのがわかった。

 可愛らしい。桜介も何年か前まではよくこんなふうに両手を上げて寝ていたっけ。鼻先がツンとした小さな鼻が天音によく似ている。

 俺はベッドの傍らにしゃがみ込み、わずかに乱れていた布団をかけなおした。

 どんな事情があったのかはわからないけれど、天音はひとりでこの子を生んで育てていくと決めたほど、この子の父親を愛していたんだな。

 そう思うと、心に嫉妬がうごめくのを感じた。

 どんな人だったのだろう。

 俺の出る幕なんて最初からないのかもしれない。それでも困っている天音の力になりたいし、ふたりを支えたかった。

 俺は小さな頭をそっと撫でてゲストルームをあとにする。

 なりふりかまっていられない。叶うなら俺が君を幸せにしたかった。
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