偏にきみと白い春
「……は?」
「思ったよりも簡単に、ニンゲンって殻を破れるってことだよ」
何それ。高城領の目は真剣だ。意味わからないよ。聞きたくない。私は止めていた足を動かした。
「なあ、綾乃!」
私が屋上から下へおりる階段の扉に手をかけたとき、高城領は私の名前を強く呼んだ。引き止められる経験があまりないからか、私の手はピタリと止まる。
〝思ったよりもカンタンに、ニンゲンは殻を破れる。〟
聞きたくない?高城領の言葉が意味わからない?———本当に?
「音が、曲が、音楽が……誰かの心に伝える事だって、できると思うんだ!」
サッと風が吹いた気がした。映画のワンシーンみたいに時が止まったんじゃないかと思う。だって、全身が震えるのを感じた。彼の真剣な目が、私を捉えて離さないから。
高城領の言葉がリピートされる。———音が、曲が、音楽が。誰かの心に伝える事ができる。
「俺は、俺のために綾乃を誘ってるわけじゃない。綾乃のために、誘ってるんだよ。なあ、綾乃。」
音が、曲が、音楽が。誰かの心に訴える。響く、届く、伝える。
背を向けていた高城領のほうに振りかえる。
なによ、どうして。
どうして高城領が、そんなに泣きそうな顔をするの? あなたはいつも、笑っているはずじゃない。