きみは幽し【完】
「秋が来た」
「そう、秋が来た」
「海の近くに金木犀なんて生息できるのかな。花ちゃんが好きな匂い」
「そう、私が好きな匂い。周も好きでしょうに」
「だって花ちゃんがうれしそうにするから」
「だから、好きなの?」
「そうとも言える」
周はすぐに、私の機嫌をとる。だけど、気をつかわれているわけではなさそうだから、ほとんど見逃している。
海岸に続く階段をおりて、灯台のふもとまで歩く。
歩幅が違うふたりが、同じ速度ですすむ秘密の答えは
とっくのとうに隠れてしまっている。
「周よ、先に座りたまえ」
「え、なんで」
「周ファースト」
「ファーストって、得するとき使うもんだと思うけど。
別に先に座ったって得しないじゃん」
「するよ。私より先に、海との距離が近くなる」
「ああ、それは、大得だ。それで、花ちゃんはやっぱり、馬鹿だ」
くだらないやりとりをした末に、結局ふたり同じタイミングで座る。
足を投げ出したら、スカートと靴下の間を風がなでていった。
海を目の前にすれば、金木犀の香りはもう一つも届かない。
だけど、私は正体を掴めていないなりに優しい気持ちでいた。
ピリ、と隣で包装を破く音がする。
周がアイスバーを中から取りだしていた。
秋限定のアイスバー。
駄菓子屋のおばあちゃん特製の、
金木犀のジャムが混ざったバニラ味だ。今年、三本目だと思う。
周は、執着するタイプだから、ひとつのものをずっと好きでいる。