やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない
 ……駄目だ。

 老齢の守衛さんに挨拶するところまではどうにか保てた気力が社屋のエントランスに踏み入れた途端に失せていく。やっとの思いでしゃがみ込むのを我慢したが私の足はピタリと止まってしまった。

 ああ、やっぱり今日は休めば良かった。

 そんなことが許されないとわかっているのについ甘えた自分がひょっこりと顔を覗かせる。

 私は頭を振った。

 甘えと一緒に昨夜から私を困らせるおかしな感情も振り払いたかった。

「おはよう、大野」

 背後から元凶に声をかけられ私はびくりとする。

 身体の奥でとくんと音がした。それ違うそれ違うと無言で繰り返す。
 
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