ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


「はあ、だけどもう三十二か。ほんの少し前まで二十代だった気がするんだけど」


 ハルさんが大きなため息とともに呟いた。


「しばらく私とは十二歳差ですね」

「言わないで。ちょっと心にくる……」

「暗い顔してると老けて見えますよ」

「やばいそれは嫌だ」


 まあ、嘘だけど。
 大人っぽい落ち着きがあって、魅力的だと思う……というのはまた後で言ってあげるとしよう。


「それはそうと、今からどこに行くの?」


 ハルさんは私の方を見て首を傾げる。私のバイトが終わった後に出かける約束だけは前から取り付けてあったが、そういえば行先は言っていなかった。


「海の近くにある、パスタが美味しいレストランを予約してあるんです。あ、お金は私が払いますからね。ハルさんの誕生日なので」


 とは言っても別にそう高い店でもないのだが。まあ良いだろう、そういうのは気持ちの問題だし。


「すごくおしゃれで、料理も美味しいので、女子高生や女子大生にも大人気。海が見えてロマンチックなことから、デートにもうってつけ……らしいです」

「夏怜ちゃんってそういうの詳しいんだ。ちょっと意外だな」

「あ、これ全部長谷から聞いた情報です」

「長谷くんが詳しい方がさらに意外だよ」

「何でも、最近できた遠距離恋愛中の彼女が近々遊びに来るらしくて、必死になって調べてましたよ」


 長谷は冬休み中、傷心旅行と称して男友達と旅行に行ってきたらしい。その旅行先で出会った二歳年下の女の子と意気投合し、彼女の方に半ば押されるようにして連絡先を交換、そして交際し始めたそうだ。その女の子はこちらの方の大学に進学してくるらしく、長谷は最近ずいぶん浮かれていた。


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