ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


「でもそうだね。夏怜ちゃんはあんまり思ってることを顔には出さないみたいだけど、だからって何も思ってないってわけじゃないんだよね」


 ハルさんは私の顔をじっと見つつ、そんなことを口にする。


「ここ何日かでちょっとわかってきたよ。テレビ見てるときとかなんか楽しそうにしてるみたいだし、好きな物を食べてるときは嬉しそうだよね。肉じゃがとか煮物好きでしょ?あ、あとは甘いもの」

「……!」


 私は驚いて目を見張る。
 大抵の人は、私が何を思っているのかが表情から読み取れないと言う。家族には大体わかるようだが、長く付き合った友達でもあまりわからないらしい。

 だからハルさんがそんなことを言い出したのが意外だった。しかも好きな食べ物を当てられていることからして、いい加減に言ったわけでもなさそうだ。


「よくわかりましたね……」

「うん、まあ何となくね。……あ、やばい電話だ。ごめん夏怜ちゃん、もう行くね。お皿洗いお願いしていい?」

「はい。行ってらっしゃい」


 ハルさんは立ち上がり、それから何を思ったのか私のそばに来る。そして、私の額に軽くキスを落とした。


「行ってきます」


 ふわっと悪戯っぽい笑顔を浮かべてリビングを出ていく。

 私はポカンとして額に手をやる。
 何だ今の。恋人っぽさを演出してるつもりなのか。

 確かに、名家のお嬢様でも何でもない私がハルさんの婚約者であると信じさせるには、恋人らしく振る舞うべきなのだろう。だけど果たして、それは誰も見ていないところで行う必要があるのだろうか。

 彼は私みたいに感情が顔に出ないタイプではないけど、考えていることはよくわからない。

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