ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「あれは、同僚でも何でもございません。お嬢様を誑かした罪深き男です。私はあの男のことは絶対に許すつもりはない」
こめられた怒りに、こちらの背筋がぞくりと冷える。
長谷がいっそう戸惑ったように、私に耳打ちして尋ねる。
「なあ夏怜、話が全く見えねえんだけど」
「簡単に言うと、この人はあるお金持ちの家に仕える使用人」
「はあ……」
小声で話していたつもりが彼の耳にもしっかり届いていたらしく、軽く頭を下げて「橋岡でございます」と名乗る。
「直島様、お話したいことがあるのですが、今から時間はございますか?できたら場所を変えたいのですが」
時間はある。だが何となく不安を感じて答えに詰まった。
すると、長谷が私の肩を軽く叩いてから言った。
「時間はあるがこいつ今日疲れてんだ。どうしても話したいって言うんなら今このまま話せ。あと俺も同席する」
「……良いでしょう」
長谷は私の隣に腰を下ろして、鋭い視線で橋岡さんを見上げた。
橋岡さんはじっと私の目を見つめて口を開いた。
「単刀直入に申し上げます。直島様、市ヶ谷晴仁様とは別れていただけませんか」
「……」
「あなたのためでもあります。私はどのような経緯があってお二人が婚約されたのかは存じ上げませんが、あなたも薄々感じているのではありませんか?あの方は本気であなたを妻に所望しているわけではない」
そんなことはわかっている。もともと婚約者“役”なのだから。
それなのに何故だろう。この人に言われると少しイラッとする。
「晴仁様は、昔から誰よりも澪様の幸せを望んでいらっしゃいました。本当に澪様のことを愛しておられたのです」