わたしたちの好きなひと
第10章『恋する男(お)と女(め)』
 その夜、箕面の旅館の夕食のメインはすき焼き。
 大宴会場で、すき焼きのお鍋ふたつの前にでーんと陣取って。
 わたしたち2Dの女子12人の鍋奉行をしているのは、岡本。
 仲居さんが隣りの男子テーブルのお鍋を給仕しだしたとたん、目元をひきつらせて『こっちは大丈夫です!』と待ったをかけた。


「こら。肉の横にシラタキなんか入れなさんな。肉がかたくなる。黙って待ってなさい!」
「えー。だって岡本、食べてないから手伝おうと思ったのにぃ」
「わたしはすき煮なんてごめんなのよ。まず肉を焼くから、あんたたちはお皿だけ用意して、おとなしくほかのものを食べてなさい!」
 すごい迫力。
 うちも先にお肉を牛脂で焼いてから野菜を入れる式だから、仲居さんがお肉を取り分けないままに鍋に野菜を入れだしたのを驚いて見ていた。
 だからって自分で鍋奉行になろうとは思わなかったから、ぴしゃりとプロのサービスを断って腕まくりをした岡本には口あんぐりだ。
 なにしろ仲居さんは八つ当たりされたに決まっているし。
「稲垣。ひまならそっちの鍋、野菜を入れ始めて」
「はーい。…ってさ。白菜の並べかたとかまで怒らないでよ?」
 声が届いた女子全員が「ぷぷぷ」
 うつむいて、こっそり忍び笑いをするしかないのは、もう全員が岡本の不機嫌にはほとほと困っているから。
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