わたしたちの好きなひと
第11章『線香花火』

「ただいまー。…っとと。んもう! 秋子なにしてんの?」
 畳にうずくまっていたわたしにつまずいて、お風呂上がりの集団がふすまドアの前で大渋滞。
「あ。みんなおかえり」岡本はさっと立ち上がってみんなを出迎えた。
「ねぇ、みんなでロビーに行ってさ、ナンパでもしない? わたしたち、お風呂上がりで、超絶ツヤツヤ美女だもの」
「岡もっちゃーん。1日中心配させといて、キャラ変?」
「ごめーん。気圧? 箱根越えてから頭痛でさぁ。迷惑かけた」
「温泉が利いたの?」「治った?」
 素直にだまされてホッとしているみんな。
 どさくさに紛れて、わたしもみんなの側にまざろうとしたのに。
 起き上がろうとしたところを、突然岡本に両肩をつかまれて。
 また畳にごろんと逆戻り。
「…ちょ」
「稲垣は置いて行こう。この子は掛居氏いるし」
「だねぇ。さっきはどうも、お熱いことで」
「ね。大胆だよねぇ、掛居くんてば」
「なんで秋子なのよねぇ。あたしだってこんなにかわいいのに」
「あはははは」「ははは」
 いやだ。
 ちがうから。
「あら。稲垣はすっごく。かわいいわよ」
 岡本のその言いかたと、わたしを見おろす目が冷たくて。
 全身から力が抜けて、ぺとりと畳に座りこんだわたしに伸ばされた腕。
「――ほら、おいで。行くよ」
 今度のやさしい声は、ますます岡本の不機嫌をわたしに思い知らせた。


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