ハージェント家の天使
「……私は子供ではないのですが……」
「それでも、聞いている人がいるのと、いないのとでは、練習の意味が変わってきますからね」
「そうですね。モニカの小鳥の様な可憐な声を聞けるので良いとしましょう」
「もう……。恥ずかしい事を言わないで下さい」
 モニカは本で顔を隠した。ベッドに寝転ぶマキウスは、そんなモニカを微笑ましく思っていたのだった。

「こうして、暗い部屋で本を読んでいると、子供の頃にペルラに本を読んでもらった事や、姉上と一緒にベッドで本を読んだ事を思い出します」
 モニカは瞬きをした。
「ペルラさんはわかりますが、お姉様と一緒に読んだ事があるんですか?」
「ええ。私と姉上は、同じ乳母であるペルラに育てられました。まだ父上が生きていた頃は、姉上と共にペルラの元で過ごす事が多かったのです」

 マキウスとヴィオーラの母親同士は不仲だったが、姉弟は同じ乳母であるペルラに育てられていた。
 特にマキウスは、身体の弱い母親の体調が優れない時は、ほぼほぼペルラの元で過ごしていた。
 そんなマキウスを心配したヴィオーラが、ペルラを訪ねるフリをしてマキウスの元によく来てくれたのだった。

「夜になると、姉上は『眠れない』と言って、私が寝ている部屋にやって来ては、私のベッドに入ってきました。
 私を寝かしつけていたペルラが、別のベッドを用意する、と言っても、姉上は聞きませんでした」
 今思うと、ヴィオーラはヴィオーラなりに、マキウスを心配していたのだろう。
「ペルラがいる時はペルラが、ペルラの手が空いていない時は2人で、本を読んでいました」
「素敵な思い出ですね」
「ええ。大切な思い出です」
 モニカがマキウスの頭に触れると、マキウスは手に頬を寄せたのだった。

「すみません。読み聞かせの練習をするのでしたね」
「いえ。じゃあ、今夜は私が読み聞かせするので、次回はマキウス様が読んで下さいね」
「私も読むんですか?」
「はい。もっとニコラと仲良くなりたいのなら、それが1番早いですから」
 物語の内容によっては、女性のモニカではなく、男性のマキウスが読んだ方が、読み聞かせに深みが出る事がある。
「ニコラの為なら、私もやりましょう」
「良かったです。じゃあ、読みますよ」
 モニカはマキウスの肩まで毛布を掛けると、本を読み始めた。

 マキウスはよほど仕事で疲れているのか、元々寝つきがいいのかはわからないが、すぐに寝付くタイプであった。
 モニカが読み聞かせを始めてすぐに、マキウスは寝息を立て始めたのだった。

 モニカは読み終わると、ベッド脇の明かりを消して本を置くと、ベッドに潜った。
「おやすみなさい。マキウス様」
 あどけない表情で眠るマキウスに、モニカはそっと微笑んだ。
 マキウスの隣で横になると、そのまま眠りについたのだった。

< 100 / 166 >

この作品をシェア

pagetop