ハージェント家の天使

「いえいえ！ そこまで忙しい訳ではなさそうですが……。あの、旦那様にご用事でしょうか？」
「えっ！？ いえ……。用事という程でもないんですが。ここ3日くらい、お姿をお見かけしていなかったので心配で……」
　御國は何気なく尋ねただけだったが、メイドは眉間に皺を寄せて考え込んでしまったのだった。
（そんなに変な質問をしたかな……？）
　御國は「大した事じゃないからいいんです」と首を振った。

「ただ、私やニコラに会いに来れないくらいお忙しいのかと心配になっただけですので。何でも無いならいいんです」
「はあ、そうですか……」
　メイドは納得していないようだったが、御國は話を切るとベッドに戻ったのだった。
（やっぱり、仲悪いの？ 私達……）
　首を傾げたまま掃除を再開したメイドを見ながら、御國は不安になったのだった。

　その日の夜、ニコラの授乳を終えた頃、控え目なノックの音が部屋に響いた。
「はい？」
「私です。入ってもいいでしょうか？」
「はい。どうぞ」
　そっと扉が開くと、旦那様が入ってきたのだった。
　部屋着に着替えたのか、パリッとした白いシャツと黒いズボンの姿だった。
「お帰りなさいませ。旦那様」
　御國がニコラを抱いたままベッドから出ようとすると、旦那様は一瞬、驚いた顔をした。
　そうして、「そのままで結構です」と御國を制したのだった。

「私に用事があると伺いました。何か不足している物がありましたか？ それとも、体調が悪化されましたか？」
　メイドに話を聞いて来てくれたのだろう。旦那様な心配そうな顔をしていた。
　そうして、旦那様は御國に目線を合わせる為か、ベッド脇に椅子を持ってくると座ったのだった。
「わざわざ部屋まで来ていただいてすみません。でも、用事という訳では無いんです」
「それでは……。何か？」
「最近、お部屋に来ていただけないので、お仕事が忙しいのかと、心配になりまして……」
　首を傾げていた旦那様だったが、今度は目を丸くしたのだった。
「今は繁忙期では無いので、さほど忙しくはありませんが……？」
「そうですか。それなら良かったです」
「安心しました」と御國はゆっくりと微笑んだが、旦那様はますます不思議そうな顔をしたのだった。

「話はそれだけですか？」
「えっと……。そうですね」