ハージェント家の天使
 旦那様が立ち上がりかけたので、御國が引き留めようと口を開いた時、丁度、御國の視界にニコラが入ったのだった。
「あの、旦那様!」
「はい?」
「もし、もし良かったら、ニコラを抱いてみませんか?」
 御國の言葉に、旦那様はじっと御國を見つめてきたのだった。そうして、椅子ごと御國に近いてきたのだった。

「私がニコラを抱いていいんですか?」
「抱いていいも何も……。旦那様はニコラの父親……ですよね? 抱いていいに決まっています!」
「さあ」と御國は、いつのまにか腕の中で眠っていたニコラを抱いた腕を、旦那様に向かって差し出す。
「だが……」や「いや……」と何やら旦那様は迷っていたようだった。
 やがて剣を受け取るように、大切そうに両手でニコラを受け取ったのだった。

「頭がまだ据わっていないので、腕で支えてあげて下さい。反対の腕で足を支えて」
 御國はベッドから出て旦那様の隣に来ると、旦那様がニコラを抱くのを手伝った。
 旦那様はおっかなびっくり抱いていたが、丁度良い位置を見つけたのか、やがて安定してニコラを抱いたのだった。

「こうして寝ている姿を見ると、赤子も可愛いものですね」
「そうですね。儚くて、脆くて、だから赤ちゃんって可愛いんですよね」
 御國の言葉に、旦那様は「いや」と即答したのだった。
「ニコラの母親である貴方が可愛いからです。私には勿体ないくらいの素敵な女性だからです」
「そんな事は……。どちらかと言えばニコラは旦那様に似ていると思います。ほら、この顔の形とか」
 御國はニコラの頬をそっと指差す。ニコラの顔の線は細面寄りであり、「モニカ」よりは旦那様に似ていた。

「今は寝ていますが、瞳の色も旦那様と同じ綺麗な紫色なんですよ!」
「そ、そうですか……」
 御國がくるりと旦那様の方を向くと、頬を赤くして、目を大きく見開いた旦那様の顔が目の前にあったのだった。

「あ、あの。すみません……!」
「い、いえ。私は気にしていません……!」
 御國は慌てて旦那様から離れると、距離をとったのだった。
「そ、そこまで体調が万全そうなら、そろそろ歩く練習をしてみますか? まずは屋敷内を歩けるように」
 1ヶ月間寝ていたというモニカの身体は、ベッドと部屋の中を歩くので精一杯であった。
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