ハージェント家の天使
 そうして、モニカは両手で顔を覆うと、声を上げて泣き出したのだった。

「モニカ……」
 マキウスも身体を起こすと、モニカの肩を支えたのだった。
「最低ですよね。嫌われても仕方がないと思ってます。だって、自分が生きていく為に、マキウス様を利用したのも同然なんですから……!」

 マキウスから、「ここが嫌なら出て行っても構わない」と言われた時、モニカは1人でこの世界で生きて行く事を考えた。
 そして、母親がいなくなったニコラと、そんなニコラを抱え、育てていくマキウスの事も。

 そんな、マキウスを「可哀想」だと、母親がいないニコラが「可哀想」だと、モニカは思った。
 それにーーここにいれば、少なくとも自分は路頭に迷わずに済む。
 食べるものも、着るものも、住む場所もある。
 マキウスとニコラへの「同情心」を、モニカは利用する事にしたのだった。

「今も、そう思っていますか?」
 静かな声で問いかけてくるマキウスが、怒っているように聞こえた。
 モニカは「違います」と、首を大きく振ったのだった。

「今はそう思っていません。マキウス様と暮らして、ニコラを育てて、2人の事が好きになりました」
 マキウスの優しさと、日に日に成長していくニコラに、モニカの心の中には、だんだんと愛情が芽生えていった。
 2人に必要とされたいーー愛されたい、と考えるようになった。

「早くふたりに相応しい人になりたいと思うようになりました。妻として、母親として。けれども、私には経験が無いんです。何も!」
 御國にだった頃のモニカは、結婚も子育てもした事が無ければ、貴族でも無く、妹でも無かった。
 貴族の妻としての相応しい振る舞いを知らなければ、兄や姉への甘え方や接し方も知らない。

「そもそも、誰かを愛した事なんて無いんです! そんな私が、誰かに愛されたいって思ってはいけないんです!」
 誰かに愛されるという事は、その人を愛するという事でもある。
 モニカに返せるだろうか。その人に見合う「愛」を。
「そんな、私が相応しい訳が無い……。本当はここにいるべきでは無いんです……!」

「勝手に決めつけないで下さい!」

 突然、マキウスが叫んだ。
 そんなマキウスの顔を、モニカは呆然と見ていたのだった。


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