ハージェント家の天使
『モニカ』の過去を振り返ると、そこには常に嬉しそうなリュドの姿があった。
 そんな、リュドを「モニカ」は好きだった。

「だから、『モニカ』さんは自分の想いを告げずに国を出たんです。そうして、マキウス様と出会って」
 モニカはマキウスに向かって微笑んだ。
「マキウス様と出会って、でもリュドさんが忘れられなくて……。でも、マキウス様が優しくしてくれて、甲斐甲斐しく世話も焼いてくれて……。だんだんと、マキウス様の事も好きになっていったんです」

 そうしている内に、「モニカ」はニコラを身籠った。
 嬉しくない訳ではなかった。でも、リュドの事も忘れられなかった。

「『モニカ』さんもどこかで気づいていたんです。自分が居ると、リュドさんが幸せになれないって。
 それもあって、『モニカ』さんはリュドさんから離れて、マキウス様を選んだと思います。大切なお兄ちゃんにも、幸せになって欲しくて」
「ここからは私の考えですが……」と、モニカは前置きをしてから続けた。
「『モニカ』さんは幸せだったと思います。リュドさんからも、マキウス様からも、大切に想ってもらえて。……だから、不安にならないで下さい」

「そうか……」と、リュドは上を向いた。
 3人が心配そうに見つめる中、リュドは正面に向き直すと、モニカを見つめたのだった。
「ありがとう。教えてくれて」
「いえ……。リュドさんのお役に立てたのなら良かったです」
 そうして、モニカは呟いたのだった。
「『モニカ』さんが羨ましいです。こんなに、素敵なお兄ちゃんがいて……」

 モニカには、御國には、兄や姉がいなかった。
 こうして、離れていても妹を大切に想う兄がいる「モニカ」が羨ましかった。

「いや、貴女にも兄がいるだろう」
「えっ!?」
 驚くモニカに、リュドは自らの掌を胸に当てた。
「私がいる。例え、貴女が私の知っている『モニカ』じゃなくても、貴女ももう私の妹だ」
「それは……」
 モニカが戸惑っていると、リュドは笑いかけた。
「私は貴女の言葉に救われた。……嬉しかったんだ。今も、この間も」
 御國だけのモニカとして、リュドと話した時の事を言っているのだろう。
 モニカは顔を上げた。

「……本当に?」
「ああ、本当だとも。こんな私で良ければ、貴女の兄になりたい。私も貴女の力になりたいんだ」
「駄目だろうか?」と、リュドに訊ねられて、モニカは首を大きく振ったのだった。
「そんな事ない……。そんな事ないよ! 嬉しい……! ありがとう! お兄ちゃん!」
 モニカは泣きそうな顔で笑った。
 リュドは満足そうに笑い返してきたのだった。

「そうですね……。私も貴女の力になりたいです」
 それまで、黙って事の成り行きを見守っていたヴィオーラが口を開いた。
「お姉様……!」
「私も貴女に感謝しています。貴女が私とマキウスが話す機会を設けてくれたので、私達姉弟の仲は修復されたのです」
 ヴィオーラがマキウスに視線を移すと、マキウスは頷いたのだった。

「それに、今度は私が話さねばなりません」
「姉上、それは一体……?」
 3人からの注目を集める中、ヴィオーラは慎重に話し出した。
「これは、王族と一部の侯爵家にしか、伝わっていない話です」
 ヴィオーラは3人を見回すと、「これから話す事は、他言無用でお願いします」と、伝えたのだった。
 3人が神妙に頷くと、ヴィオーラは真剣な表情になって、口を開いたのだった。

「マキウス、そして、モニカさん」
 ヴィオーラはすうっと息を吸うと、破顔したのだった。

「『天使』は、貴方達の元にやって来たのですね……!」


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