ハージェント家の天使
 御國は力の入らない足を引き摺りながら、壁伝いに歩いて行ったのだった。

 ようやく、御國は赤子が泣いているベビーベッドまで来ると、ベッドの柵に掴まりながら何とか立ち上がろうとした。
 ベビーベッドの中には、薄いピンク色の産着に包まれた赤子が泣き続けていた。
「ほぎゃあああ! ほぎゃあ!」
 御國は頭に薄っすら生える金色の髪を撫でると、ベビーベッドに上半身を乗り出すようにして赤子を抱き上げたのだった。
(抱き方はこれでいいのかな……?)
 御國は不安になるが、身体は自然と首の座っていない赤子を支える抱き方になったのだった。
 御國はベビーベッドの柵に掴まりながら、ゆっくりとその場に座り込んだ。
 そうして、ベビーベッドに寄りかかると、御國が意識するまでも無く、両腕で赤子をしっかりと支えて抱いたのだった。

(なんだろう……? 赤ちゃんなんて抱いた事が無いのに、身体が覚えているみたい)
 御國には下に弟妹がいるが、弟妹を抱いた記憶がほとんどいなければ、自分を含めた身内に赤子はいない。
 学生時代の友人達に、生まれたばかりの自身の赤子の写真を見せてもらう事はあったが、実際に抱いた事は無かった。
 それなのに、なぜか御國は赤子の抱き方を知っていた。
 まるで、自分の中にいる「誰か」が覚えているかのようにーー。

「それより、どうして泣いているんだろう? オムツ? 具合が悪いの?」
 御國は泣いている赤子に声を掛けるが、返答は全くなかった。当たり前といえば、当たり前だが。
「どうしよう……? 誰か呼んだ方がいいよね?」
 御國がベビーベッドの近くにあるドアを見ていると、抱いていた赤子が御國の胸の辺りに吸い付こうとしている事に気づいたのだった。
(もしかして……)
 御國はゴクリと飲み込むと、ネグリジェの胸元をそっとはだけさせる。
 ネグリジェからプルンと胸が出てくると、赤子を支えている右手を伸ばして、左胸の乳首に触れたのだった。

「やっぱり……!」
 御國が軽く乳首を摘むと、思った通り左胸の乳首は濡れていた。
 御國が驚いていると、再び頭の中で声が響いたのだった。

 ーーお腹が空いて泣いている。飲ませなきゃ。

 御國は声に導かれるままに、赤子を乳首に近づけた。
 赤子はようやく目的のものを見つけたというように、乳首を口に含むと一心に吸い出したのだった。
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