ハージェント家の天使
 モニカ自身も、ニコラの離乳食を始めてからマキウスと食べる機会は減ってしまったーー勿体ないからと離乳食の余りで食事を済ませていた。ので、楽しみだった。

「畏まりました」
「いつもありがとうございます」
 モニカはアマンテとニコラに関する打ち合わせを終えると、アマンテにニコラを任せたのだった。

「ふうっ……」
 アマンテがニコラを連れて部屋を出ると、モニカはベッドに倒れた。
(最近、夢見が悪いな……)
 モニカは仰向けになると、ため息をついたのだった。

 モニカがマキウスから魔法石をもらってから、連日、同じ夢を見ていた。
 おそらく、御國の頃の記憶なのだろう。
 全て見覚えがあった。

 アーケードの入り口にあった立ち食い蕎麦屋から漂ってくる出汁の匂いも。
 街中の賑やかな喧騒も、お店の場所も。
 モニカがぶつかったカップルさえも。

 実際にカップルとぶつかった時を思い出して、モニカの胸は痛んだ。
 周囲のお店に気をとられていたとはいえ、当時は御國だったモニカは心が痛むような罵声を浴びせられたのだった。
 先にぶつかった事を謝れば良かったのかもしれないが、反応が遅れたモニカは謝るタイミングを逃してしまった。
 その結果、舌打ちと罵声を浴びせられたのだった。
 いつもなら「アレ」を使っているから、そんな舌打ちと罵声は聞こえないのに。

 それから、もう1つ。
 モニカが彼等を、未だに覚えていた理由は。
(羨ましかったんだよね。気にしてくれる相手が居たのが)
 モニカが女性とぶつかった時、女性は男性に気遣われていた。
 けれども、モニカには気遣ってくれる相手が居なかったのだった。
 相手のように、モニカも友人など複数人と歩いていたのならば気遣われただろう。
 ただ、例え複数人で歩いていても、彼氏や男性と縁のない生活を送っていたモニカには、あり得ない光景だろう。
 相手の女性が羨ましくもあり、悔しくもあった。
 だから、モニカになった今でも覚えているのだと思う。

「マキウス様が帰ってくるまでには、元の顔に戻っていないと……」
 モニカやヴィオーラの問題が片付き、ようやく肩の荷が降りつつあるマキウスに、これ以上の負担を増やしたくなかった。
 これはモニカ自身の問題なのだから、自分で乗り越えなければならない。
(また、今夜も見るのかな……)
 いっそのこと、寝ないでいようかな。
 モニカはため息をついたのだった。

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