ハージェント家の天使
 その度に、際限のない「努力」に途方に暮れたものだった。

「以前、貴方がどう言われていようとも、それでも、今の貴方の努力は伝わりました。少なくとも私には」
 マキウスはモニカの目尻に触れて、そのまま顎まで頬を撫でた。

「私は貴方が私に相応しくないと、思った事はありません。貴方は今のままでも、充分、私の妻に相応しい」

「マキウス様……」
 マキウスは微笑んだ。
「もっと自分に自信を持って下さい。貴方が自身を信じなくてどうするんですか?」
「それは……」
 モニカが口ごもると、マキウスの指がモニカの唇に触れた。
「私は貴方の事を信じています。貴方に信頼されたいですからね」
 マキウスは目元を緩ませたのだった。

 信頼は一方通行では成立しない。
 お互いが信頼し合って、始めて成り立つものだ。
 マキウスがモニカを信用してくれるなら、モニカもマキウスを信用しなければならない。
 マキウスから信頼を得たいと思っているのであれば、尚更。

 モニカの胸は激しく高鳴った。
「マキウス様、あの……!」
 モニカが口を開けたその時。

「お待たせしました!」
 若い女性店員が、モニカ達の元にやってきた。
 マキウスはサッと手を引っ込めたのだった。
「お先に、季節のパンケーキセットが2つになります」
(カフェにいた事を忘れてた……!)
 夢の中とはいえ、マキウスの言葉が心に響いたのに変わりなかった。
 女性店員がテーブルに並べてくれる間、モニカはマキウスを直視出来ず俯いていた。
 それはマキウスも同じ様で、顔を背けていたのだった。

 最後に、木製のクリップで留めた伝票を置くと、女性店員は立ち去ったのだった。
「……店内に居た事を忘れて居ました」
「私もです。マキウス様」
 2人は顔を見合わせると、笑い合ったのだった。
 モニカは頼んでいた紅茶のティーポットから、薄い茶色の紅茶をカップに注ぐと口をつけた。
「こんなに笑って、ゆっくりしたのは、久しぶりかもしれません」
 注文したコーヒーにミルクと砂糖を加えていたマキウスは、顔を上げたのだった。
「ニコラや使用人の皆さんがいると、やはりゆっくり出来ないので」

 ニコラや使用人達が悪いという訳ではない。
 屋敷の中は、常に人が居て、まだまだニコラも手がかかるからか、モニカはなかなか心休まる事が無かったのだった。
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