その呪いは、苦しみだけではなく。


「あっはは。どうしよう。美織ちゃんは可愛いからね。一緒に居たら、好きが積もってしまうだろうね。でも」

 君を苦しめるだろうから、触れないでおくよ。 誠弥くんは楽しそうに言う。そこまで笑う彼を初めて見た。
 窓から顔を出して爆笑していた彼は、いつもは吸わないはずの煙草を取り出し、口に喰われる。
 そして、少年の瞳のような三日月に煙を吐き出した。

「じゃあ明後日は、そんな感じで進めて行こうか」
「うん。誠弥くんがいいなら、それでいいよ」

 それが祖母の遺言だから、キャンセルはしない。 これできっといいのだろう。
 今、私は後ろを振り向いたら、きっと現実に気付いて疲れて倒れてしまう。
 倒れて身動きが取れなくて、その場からもう一歩も動けなくなる。
 だから後ろを向いてはいけないんだ。

「あ」
「どうした?」

 煙草の灰皿を探してうろついていた誠弥くんは、車の中から珈琲の空き缶を見つけ、こちらに顔を向けた。


「お医者さんと結婚って、私、玉の輿じゃない?」
「ははは。玉の輿だね。仕事も辞めて、家に引っ込んじゃいなよ」
「なんて素敵な旦那様なんだろう」

 私がクスクス笑うと、誠弥くんは子どもを褒めてくれるような素振りで、私の頭を撫でてくれた。

 自分の家に戻るとき、「ここも狭くなっちゃったね」と木の塀の通り道を見て笑っていた。
 少し木の板を剥がして大きくしてあげようかと提案されたが、このままがいいと断った。

 一つでも、何か変わらない物が欲しい。
 不変的なものが、あってほしかった。
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