解けない愛鎖

目の前のヒロキは、何もかも以前と変わらないけれど。ただひとつ、纏う香りだけが違う。

今夜の彼は、この香りを知っている誰かを裏切ってあたしの元に来ているのだ。

そう思うと、不意に小さな劣情が芽生えた。

あたしには彼がいるのに。ヒロキはもう、あたしのものなんかじゃないのに────。


「この匂い、嫌い……」

キスを続けようとするヒロキを拒絶してつぶやく。

自分でもはっきりとわかるくらいに、嫉妬の感情を孕む声。それを聞いたヒロキが、あたしの耳に唇を寄せて息を吐くように笑った。


「全部洗い流せば許してくれる?」

許すって、何を?誰を?


「絶対に今夜だけって約束するから」

こんなときだけ、ひどく愛おしげにあたしを見つめてくる彼は、あたしがどうすれば陥落するか。そのやり方を心得ている。


< 33 / 45 >

この作品をシェア

pagetop