パラダイス、虹を見て。
 私の住むティルレット王国には、ルールがあって。
 身分の高い者は本名を明かすという習慣がない。
 何で? と訊かれても。それは、国のルールだから知らないよと答えるしかない。

 あまりにも、数奇な人生を送ってきたけれど。
 それでも、私は伯爵家としての血筋があるそうで。
 昔と比べれば、圧倒的に身分は高い。
 普段は「カスミ」というあだ名で呼ばれ。
 本名を知るのは家族だけのはずだ。

 なのに。
 目の前にいる見知らぬ男は一体、何故私の本名を知っているのだろうか?
「あなたは…誰ですか?」
「ああ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね」
 そう言うと、男性は微笑んだ。
「僕は、ヒョウ」
「しょう?」
「んーん。ひ・よ・う」
 丁寧にゆっくりと男性が喋る。
 恐らく、あだ名だろう。
 ということは、見た目通りの貴族・・・

「いきなり連れてきちゃってゴメン。でも、君、死にそうだったからさ」
「…私、生きてるんですか?」
 ぽかんと口を開けてしまうと。
 その顔がよっぽどマヌケだったのか。
 ヒョウと名乗る男性はゲラゲラと笑い出した。

「そっか、死んじゃったと思ったの?」
「だって、私・・・」
 思い出そうとした瞬間、
 キーンという痛みが頭に響いた。
「痛い…」
 思わず頭をおさえる。
「まだ、横になってなよ。あれだけ殴られたんだから」
 殴られた。
 その言葉を耳にして。
 私は「あーあ」と声が漏れた。

「ここは、病院ですか?」
 現実に戻る。
 そうか、死にかけているところを侍女か誰かが発見して。
 病院にでも担ぎ込まれたってところか。

「病院じゃないよ。俺の家」
 にっと白い歯を出して笑うヒョウさんの顔を見て。
 急にどっと疲れが襲ってきた。
 考えるのがシンドイ。
 そう思った。
 何しろ、頭が割れるように痛い。

 急に黙り込んだ私の顔をのぞき込むヒョウさんは。
 急に真面目な表情をする。
「ごめんね、いきなりで」
 そう言うと、ヒョウさんは私の身体を倒した。
 ぽふっと枕から空気の抜ける音が出て。
 ぼんやりとヒョウさんを眺める。

「僕は君の兄なんだ」
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