拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 急に黙りこくってしまった私に向けて。

【菜々子ちゃんはいつも明るくて優しいし、素直で裏表がなくて、話しやすいものだから、つい、愚痴を零してしまったわ。ごめんなさいね】

 謝ってきた愛梨さんの予想外な言葉がなんだか擽ったく感じてしまい。

「……いえ、そんなことは」

 すぐに打ち消した私に、いつになく真剣な声音で語り始めた愛梨さんの様子に、私はドリップしていた手を止めて、水槽の置いてある方へと向きあい、愛梨さんの話に耳を傾けていた。

【きっと創もそうだと思うの。あの子は私に似て、引っ込み思案なところがあるから、上手く伝えられないこともあるかもしれないけど。菜々子ちゃんのことをとっても大事に想ってるはずよ。だから、もし何があっても、創のことを信じてあげて欲しいの。お願いね?】

 愛梨さんがどうして急にそんなことを言い出したのかは分からないし。

 途中、『私に似て、引っ込み思案なところがある』という言葉に、愛梨さんのどこが? と少々引っかかりもしたけれど。

 創さんと過ごしたこれまでのことを振り返ってみた。

 これまで創さんと一緒に暮らしてきた中で、強引だったり、意地悪だったり、不器用だったり。

 そうかと思えば、メチャクチャ優しかったり、頼もしかったり、子供みたいにはしゃいでみたり。

 創さんのいいところも悪いところも、全部ひっくるめて、創さんのことを好きになったんだろうと思う。

 それは、愛梨さんの言うように、いつだって創さんが私のことを大事に想ってくれていたからに違いない。

 だから私は、愛梨さんに向けて頗る元気な声で即答していた。

「はいッ! 勿論ですッ! 任せてくださいッ!」

 そしてそれを、いつものようにちょこんと寝癖のついた髪をツンツン弄りつつ。

「……今日も朝から元気だなぁ」

 なんて言いながら、トレードマークであるチェック柄のパジャマ姿でキッチンの入り口へと姿を現した、まだ寝ぼけ眼の創さんに、どうやら愛梨さんとの会話を聞かれてしまっていたようだ。
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