拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 ちょうど、私の声に気づいたらしい菱沼さんが襖の向こうからヒョッコリと顔を出して。

「お呼びでしょうか?」
「菱沼、菜々子ちゃんを創の元に送ってあげなさい」
「……否、しかし」
「これは当主である私の命令だ。さっさと行きなさいッ!」
「はっ、はいッ。畏まりました」

 どうやらご当主同様、創さんから口止めされていたらしい菱沼さんはどうしたものかと躊躇していたようだったけれど、さすがにご当主からの命令には背けなかったようだ。

 ご当主の命を受けた菱沼さんの先導により私はパティスリー藤倉を後にした。

 その直後、私は予想外なことに直面することとなる。

 それは、羽田空港に向かうため、来たときと同じ黒塗りの高級車に乗り込んですぐのことだった。

「創様のこと、どうか、よろしく頼む」

 これまた来たとき同様、助手席に乗っている菱沼さんから創さんのことを託されただけでも驚きなのに。

「これは、お前のパスポートとロサンゼルス行きのチケットだ。……余計なことだとは思ったんだが、創様がどうにも不憫で。実は後でお前に渡そうと準備しておいたものだ。

ゆくゆくは必要になると思って、念の為パスポートを用意してはあったが、まさか、こんな形で役に立つとはなぁ。

創様から一人で行くと聞かされた時には、どうなることかと案じていたが、創様の思い違いだったようだし。なにより、お前のお陰で、ご当主ともわだかまりが解けたようだし、本当によかった。お前では少々頼りない気もするが、創様は大変お喜びになるだろう」

 私も一緒にロサンゼルスへ行くことが前提で、しかも安堵して涙ぐんでいるのか、僅かに声を震わせながら話を進める菱沼さんを前に、創さんのことを想って泣いてくれる人が周りにいてくれて良かったと安堵しつつも、私は唖然としてしまっていた。

 けれどもそれも一瞬のことで。

ーーこうなったら、私のために一人で異国の地に旅立とうとしてくれた創さんのために、ロサンゼルスでもどこへでもついて行こうじゃないか。

 こうして、うっかり者の私らしい成り行きから覚悟を決めるに至った私の気持ちは、このとき既に、ロサンゼルスへと旅立っていたのだった。
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