拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
#8 専属パティシエール初日

 翌朝、張り切っていたせいか、アラームよりも一時間も早い五時前に起床した私は、五時一〇分には既に身支度も終えていた。

 部屋に用意されていたドレッサーの鏡の前で、肩に付かないすれすれの長さの少し赤みがかった薄茶色のミディアムヘアを後ろでキュッとひっつめてひとまとめにして準備完了。

 髪が長いと手入れも大変だし、短すぎたら細かい作業の時に顔にかかったりして邪魔になるため、気づいたら自然とこの長さに落ち着いていた。

 前日の仕事の疲れがどんなに残っていて、休みたいなぁ、と思っていても、こうして髪を束ねていると、不思議と気合いが入って、『さぁ今日も頑張るぞ!』という気持ちになれる。

 五年前に亡くなた母も同じパティシエールだったため、毎朝、母がこうしていたのを見て育ったせいかもしれない。

 気合いも充分に、慣れないシステムキッチンでなんとか朝食も作り終えた。

 桜小路さんが起きてくるまでまだ少し時間もあるし、その前に洗濯物を片付けてしまおうと、パウダールーム横のクリーンルームから洗濯かごを抱えて出てきたところで、ばったりと、顔を洗いにやってきたらしい桜小路さんと鉢合わせた。

「おはようございますッ!」
「……あー。やけに張り切ってるな。うるさいぞ」

 安定の無愛想さと口の悪さではあるが、寝起きでぼーっとした表情と、寝癖でちょこんと跳ねた艶やかなブラウンの髪とチェックのパジャマ姿がなんとも可愛らしい。

ーーイケメンは得だな。

「食事なら用意できてるので、先に洗濯物干してきますね。もどったらちゃんとコーヒーもドリップしますので。では」

 朝からイケメンフェイスを拝ませてもらったことだし、何を言われても気にしない気にしない、と受け流して横を通り過ぎようとして。

「……お前、まさか、それをバルコニーに干すつもりなのか?」
「はい、そうですけど」

 何故か驚いたような顔をした桜小路さんに足止めを食らっているところに、毎食一緒に食事をすることになっている菱沼さんが現れた。
 
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