拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

「おい、こら、藤倉菜々子。ここは、タワーマンションの最上階だぞ。干せるわけないだろッ!」
「ーーあっ! そうでしたッ! うっかりしてました。乾燥機より、お日様の匂いがして気持ちいいと思って」
「うっかりしすぎだッ! それから、言い訳は聞きたくない。さっさと済ませろ」
「はいッ!」

 挨拶するまもなく菱沼さんに開口一番、朝一でお叱りまで食らって、クリーンルームに向けてトボトボと歩きながら無意識に、

「……ちょっと張り切りすぎてうっかりしてただけなのに、そんなに怒らなくても。目なんかキッとつり上げちゃって、本当に死神みたい」

菱沼さんの陰口を呟いてしまっていた。すると。

「おい、こら、チビッ! 誰が死神だって?」

 背後から菱沼さんの冷ややかな声が追いかけてきて、振り返った先には、仁王立ちした菱沼さんの姿があった。

 チビと呼ばれても反論できない一五五センチという低身長の私より遥かに高いところから見下されているその威圧感に、ヒャッと飛び上がりそうになるも、惚けるしかなくて。

「ーーッ!? な、何のことでしょう」
「惚けるな。確か、初対面の時にも言ってただろうが」
 
 けれど当然、そんなの通用する訳もなく、菱沼さんは初対面の時のことまで持ち出してきた。

 初対面のあの時、やっぱり全部口にしていたらしい。

ーーだったらその時に言ってくれれば良かったのに。
 
 とは思っても、いくらうっかり者の私だってこの状況で口にするほどバカではない。

 これ以上何かしでかしてもっと怒らせてはマズイ、と菱沼さんに慌ててぺこりと頭を下げ。

「すみませんでしたッ」

 謝ってから、そそくさと逃げるようにしてクリーンルームへと舞い戻った。
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