拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 今朝、桜小路さんが言っていた『帝都ホテル』で春限定で提供されているブランマンジェには、新鮮なイチゴをふんだんに使った甘酸っぱい色鮮やかなソースが添えられている。

 勿論大きめにカットされたイチゴも彩りよくあしらってあり、シンプルだがなんとも春らしい一品だ。

 時計の針が午後五時五〇分を示す頃には、ブランマンジェも夕飯もできあがり、後は桜小路さんの帰宅を待つばかり。

 今日もほぼ昨日と同じ、午後六時過ぎにインターフォンが鳴り、桜小路さんと菱沼さんを玄関ホールで迎え入れているところだ。

「おかえりなさいませ〜!」

 またどうせメイド喫茶の店員だなんだと好き勝手言われるかと思っていたのだが、少しばかり様子が違っていた。

「あー」

 桜小路さんから開口一番いつもの素っ気ない無愛想な声が出た直後のことだ。

 どういうわけか、「クッシュン、クッシュンッ、ハックションッ」という具合に桜小路さんはくしゃみを何度も何度も連発しはじめた。

 その傍で慌てた菱沼さんが常備していたらしいポケットティッシュを取り出して桜小路さんに手渡して、今度は医療用と思われる鼻炎スプレーをビジネスバックから取り出した。

 そして休むことなく、慣れた手つきでキャップを取り外し桜小路さんの顔へと近づけ、それに気づいた桜小路さんが大慌てでそれを鼻へとあてがい、プッシュして数十秒後。

 ようやくくしゃみがおさまった様子の桜小路さんが、「はーー」と大息をついて、力尽きたように玄関ホールの床にしゃがみこんでしまった。
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