花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
「葵くん、主人公の女の子が死ぬのは嫌いだって言ったよね」
再会してすぐのとき。今でも鮮明に思い出せる。彼女から借りた本に難癖をつけたときのこと。俺は確かにそういった。
緩く首を縦に動かすと、彼女は急に立ち上がって目の前の道路に飛び出た。
「私、『私』っていう物語の主人公だから!」
とびっきりの笑顔を向けられる。
あぁ。
もう、どうしようもない。
どうしようもないくらい、西さんのことが好きだ。
「あー、また泣いてるー」
「泣いてないし!」
「嘘つき、声ふるえてるよ」
「うるさいなぁ!」
滲んできた涙を拭うと、視界がクリアになる。ぐずる子どもをあやすような困った表情を浮かべた彼女が、俺の頭をぎゅっと抱いた。
「また少しの間だけ離れるけど、泣かないで元気にしてるんだよ」
「わかってるし」
目の縁あかくなってる、と細い指が俺の目をそっと撫でる。その手をとって、俺は言った。
「もういなくならないで。約束」
「ん」
小指と小指が結ばれる。
その熱が離れていくのが惜しくて、腕を取って口づけた。
何度も何度も。
強く抱きしめて、深く深く。
その背に、もう花はなかった。


