花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
「ごめんね、急に連絡先消しちゃって」
駅のベンチに腰かけて、俺の呼吸が整うのを待ってくれた。背中をさすってくれたり、手を握ってくれたり。以前はふっくらと柔らかかった彼女の手は、筋が目立つようになっていた。
「なにか、あったの……?」
「こわくなってさ」
冷たい風が俺の頬を撫でて容赦なく体温を奪っていく。
笑い話をするかのように、彼女が続ける。
「手術の前日に、急に怖くなって。私が死んだら、葵くんは帰ってこない人を延々と待ち続けなくちゃいけないわけでしょ? それが無性に怖かった」
だから、手術が始まる前の日に、いつ私がいなくなってもいいように準備をしたの。
バカみたいな理由でごめんねと、彼女は俺の手を握る力を強めた。
「手術、半日かかったんだよ。12時間。びっくりでしょ」
「すごいね……」
「お医者さん大変だったって言ってた。私は寝てただけだから何ともなかったんだけどね。肺に根っこが絡んでたらしくて」
あと少し処置が遅れていたらと考えただけでぞっとした。西さんが笑っている間にも、体の中では植物の侵略が進んでいたのだ。
久しぶりに長い時間太陽を見ている気がする。目の奥が痛くて、思わずまぶたを閉じてしまった。
「あのさ、西さん、」
「ん?」
これが夢だと言われても不思議じゃない。
実は俺は家のベッドで寝ていて、俺の脳みそが作り出した都合のいい夢だという可能性も十分にある。
「西さん、本物?」
「……」
何も返事がない。
夢なら、ここで覚めてほしい。
俺を無駄に期待させないでほしい。
「前にさ、」
耳を澄まさないと風の音にかき消されそうなほど小さな声。その口は言葉を選び、紡いでいく。