昭和懐妊娶られ婚【元号旦那様シリーズ昭和編】
 彼女が俺に懇願するように叫んだ。
 悪いがその頼みは聞いてやれない。
 助走をつけて走り、勢いよく燃えるマストを飛び越えて彼女のところへ行き、その華奢な身体を抱きしめる。
「凛! 怪我はないか?」
確認するが、彼女は興奮状態で俺の質問に答えず大声で怒った。
「鷹政さん、死にますよ!」
「死なない。凛も死なせない」
 冷静にそう返して、チラリとマストに目を向ける。
 この炎では彼女を連れて戻るのは無理だ。ふたりとも焼け死ぬ。
 ならば、海に飛び込むしか逃げ道はない。
 夜に飛び込むのは初めてだが、飛び込みには慣れている。
 昔イギリスに留学していた時に度胸試しで何度もやったから。
 問題は凛だ。
「泳げるか?」
 凛に問うと、彼女は動揺しながら言葉を返した。
「え? 泳げません。なにを……」
 一か八かの賭け。
 しかし、ここでジッとしていても火で焼かれるのを待つだけだ。
「俺を信じて大人しくしていろ」
 船のふちに上がって凛の手を掴んだら、彼女は青ざめながら俺を見た。
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