昭和懐妊娶られ婚【元号旦那様シリーズ昭和編】
 慌てて謝ると、よく知った声が耳に届いた。
「傘持ってこなかったのか?」
「あっ、森田さん」
 彼が私に雨がかからないように黒い傘に入れてくれたので、ずぶ濡れになるのは免れた。でも、男性と一緒の傘に入るなんてなんだか緊張する。
「はい。バスに乗ったら急に降ってきて。ありがとうございます」
「髪が濡れてる」
 不意に森田さんが私の頬にかかった髪に触れたものだからドキッとしてしまった。
「そ、そのうち乾きます」
 動揺しながらそう返して、彼と一緒に会社に向かうと、正面玄関前に黒のパッカードが停まっていた。
 パッカードといえば、大物政治家や皇族が乗るような高級車。
「誰か偉い人が来たんですかね?」
 森田さんに聞くと、彼はパッカードを見据え、顔をしかめた。
「のんびり茶でも啜ってろって言ったのに」
「え?」
 なんのことかわからず首を傾げたら、彼は「なんでもない」と頭を振った。
 でも、彼が纏っている空気が少しピリピリしているような気がする。
 正面玄関前は人だかりになっていて、パッカードから着物姿の老人が現れた。
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