てのひらサイズの世界の中に
そらがちいさくわらう
人は。ひとたび其処に何かがあると気づくと、鮮烈に認識する。
街中に佇む一軒の店が、例えば通り過ぎるだけの存在であったら、取り壊され無くなった時には何であったのかさえも思い出せず。例えば自分にとって大切な思い出が詰まった場所であったなら、取り壊されたその場所にさえ想いを寄せる事ができるように。

鏡の中に存在するのはいつだってソラだ。
俺の口が動けばソラの口が動く。俺が意識しないところでもソラの口は動く。

俺がここに存在する意義はソラを守る為、その一点だ。他の何を犠牲にしてもソラを守るためならば厭わない。
例えそれが他を排除するものであっても。
名前をくれた、ただそれだけでソラは俺の唯一絶対の存在だ。
かつての思い出は無邪気で、無垢で、傷ついている身体からは考えられない程ソラの意識は朗らかだった。

意識は突然、竜巻が起こるようにやってきた。
或いはそこに初めからあったのかもしれないが、認識したのは突然だった。
俺たちが相対するのは意識の深淵でのみ。例えば夢の中、例えばアイツ……シロが表に出ているときだけだ。

初めて俺が表に出た時、ソラ(身体)は殴られていて、自分という存在を守る為に《クロ》という存在を作り出して潜在意識の中にある悔しさや憎しみを相手にぶつけた。つまり、俺が返り討ちにした。
警察がやってきた時には俺はその身体から意識を手放し、身体の主は《シロ》に変わっていた。

「クロ!君の名前はクロだよ!戦隊ヒーローのブラックはいつだってクールで強くてかっこいいんだ」

それはシロが殴るや殴られるやの事後処理をしていた時の、意識下で、初めて身体の主人格であるソラと対峙したときの言葉だ。
憧れの眼差しで俺の名を呼ぶ、この存在を守ると決めた。


時は経ち、ソラが暴力を受けることも少なくなり、俺が表に出ることは極端に少なくなった。
それでも、平穏にソラが過ごせるのならなんの問題もない。
シロが表に出ていくことが多くなった。一見善良なシロはよく言えば頭の回転が良く、悪く言えばずる賢い。
困ったことがあっても口八丁手八丁で笑顔で相手を意のままに操る。相手が自らそう動くように絶妙な采配で、良い人を崩すことなく。
それは腕力一つで左右されていた学生時代よりも、あらゆる力に左右される社会の波に出た時に遺憾なく発揮されている。

がくん、と意識が途切れるように身体の意識が入れ替わった。

「なぁ、また変わったのか?」
「あはは。そうだね、はぁ」
「そんなに大変なのかよ?」
「知恵がつく分大人のいじめのほうが陰湿だよね。シロにばかり押し付けて、逃げてばっかりじゃあいけないんだろうけど……」

今の俺では、ヒーローにはなり得ない。

「このままシロに身体を明け渡してしまった方が良いのかもしれないな」

などと呟くソラに、俺は身震いした。
あるいはそれがシロの狙いなのではないかと思ってしまったからだ。
純粋なソラは手玉に取りやすく、シロはそう思わせる環境を作ることも容易だろう。

主人格であるソラと、意識の入れ替わりを狙っている……?

俺はシロの狡猾さを知っている。まさかそれがソラに向けられているのか。そうだとしても不思議ではないと思える自分がいた。

「ソラは、それでいいのか。本当にシロに身体を渡してもいいと思っているのか」

問うと、苦悶の表情で首を振る。
あくまでも共存の存在であり、主人格はソラだと改めて思う。
守りたい……いや、守る。
例えそれが誰であろうと。
どんな存在であろうと。

『クロ!君の名前はクロだよ!戦隊ヒーローのブラックはいつだってクールで強くてかっこいいんだ』

ただそれだけが、俺の存在理由なのだから。


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