義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
 窓の外の体育の様子は、シンプルだった。なにか球技などをやっているわけではない。
 多分、百メートル走。順番に走ってタイムを計っているようだ。
 渉はまだ待つ生徒たちの中にいた。でもこれから走るのだろう。梓はなんだか自分までどきどきしてしまった。
 渉は王子様らしく、文武両道。スポーツもできる。
 部活はバスケ部で、ポジションはフォワード。試合には毎回出ている実力者だ。
 そして試合ではコートの中を華麗に駆け回って、ボールをまるで手に吸い付くようにドリブルして、そしてシュートする。ゴールへ向かってジャンプする様子は、ジャンプというより鳥が飛びたつようだ。
 初めて見たときは見惚れてしまったくらい。あまりに動きが美しいので。
 激しいスポーツだというのに、バスケの動きがこんなに綺麗なのだということを梓は初めて知った。
 そんな渉なのだ。きっと百メートル走だって早いに違いない。
 順番は少しずつ進んでいって、ついに渉がスタートラインに立った。梓のいる教室内の空気がさらに沸き立ってしまう。
 よーい、スタート!
 そんな掛け声などは聞こえなかったけれど、見ているだけでわかった。
 そして渉はやはり、鳥が飛び立つように真っ先にスタートを飛び出した。
 まるでコースを滑るようだった。走っている、という表現にも見えないくらい。
 先頭を走り出した渉は、抜かれるどころか二番を走る生徒との差をぐんぐんつけていく。
 百メートルなのでそう距離はないというのに、ゴールに飛び込んだときには、周りに誰もいなかった。ほかの生徒がゴールインするのにたっぷり二秒はかかっただろう。
 スタートからゴールインまでがまるで一瞬だったように感じた。梓は夢を見ていたようだ、と思ってしまった。いつのまにか詰めていた息を、ほうっと吐き出す。
 それは教室の中も同じだった。女子たちが一斉にため息をついたような空気が流れる。
 それを感じたようで先生がやはり顔をしかめた。
 けれど騒ぐ子はいなかったので、先生も注意しないでいてくれた。
「はい、ではここを音読します」
 そんなみんなの注意を促すようなことでとどめてくれる。梓はちょっとほっとした。
 最後にと、ちらっと窓の外を見る。ゴールした渉は、タイムを聞いたようで嬉しそうな様子だった。
 表情なんてここからでは見えないけれど、嬉しそうな様子、くらいは伝わってくる。
 かたわらにいた男子が渉の背中を軽く叩いた。やったな、とか言ったのだろう。渉も笑顔でそれに答えているようだ。
 楽しそうで、また和気あいあいとした様子に安心して、梓はやっとしっかり黒板のほうを見た。国語の時間に戻る。
 帰ったらタイムがいくつだったのか聞いてみようかな、と思った。
 きっと自分には夢の夢のような数字だろうから、驚いてしまうだろうけれど。
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