義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
「……ああ、ここか。ここはね、過去の資料から写せばいいんだよ。去年の夏休みの記録を見ればすぐわかる」
 渉はその子に笑いかけて、身をかがめた。その子の横から手を伸ばして記録のノートを指差す。
 それは数秒のことだった。渉はすぐに身を引いて、「資料はそこの棚だよ。背表紙に年月が書いてあるから七月と八月のものを……」と、棚のひとつを指差したのだから。
 なので、彼女に寄っていたのは本当に数秒。
 でも彼女は、ぱっと顔を赤くしていた。
 嬉しそう、だった。
 それはそうだろう。憧れの先輩がすぐそばまできて、直接教えてくれたのだから。
 なのに、梓の心がざわっと揺れた。
 あの子は渉の、シトラスの良い香りを感じただろう。それほど近付いたのだから。
「こ、これですか?」
 その子はすぐに資料を取ってきて、渉に見せた。
 それは特に必要のないことだったのかもしれない。渉はもうやりかたを教えていたのだから。
 でもその子はもう少し渉と話したかったのだろうし、渉もむげにはしなかった。
「そう。差しがあるだろう。このオレンジ色のしるしのついた……」
 再び、だった。机についた彼女の横から手を伸ばして、資料を指してくれる。
 彼女の嬉しそうな様子とは裏腹。梓の胸はざわざわしてしまった。
 香りだけではない。彼女の肩に渉の腕が軽く触れたのを見てしまったので。
 ただ、手を伸ばしたときに当たってしまったに過ぎない。
 けれどそれは梓を動揺させた。
 梓が渉に、ああいうふうに触れたことは何度もある。もちろん、家で勉強を教えてくれたときだ。
 それ以外にも、リビングのソファや渉の部屋で、なにかひとつのもの、本やタブレットを覗き込む、体が近付くとき。そういうときは割合よくあるといえた。
 けれどほかの子が同じような状況になっているのを見ること。それにこんなに動揺してしまう理由がわからなかった。
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