義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
 ぐいっと。
 引き込まれたのは柱の陰であった。
 渉の引っ張る力は強く、梓はバランスを崩しそうになる。わ、と声が出た。
 けれど梓が転ぶことはなかった。手を引っ張ってきた渉は、そのまま梓の腰を支えて抱き込むようにして柱の陰に入ってしまったのだから。
 ぼすっとやわらかくてあたたかいものに梓の体は包まれていた。背中まであたたかい。
 それは渉が背に腕を回して、しっかり、実質抱きしめてきたのだから当然である。
 梓が状況をしっかり理解することはなかったけれど。
 最初に感じたのは、ふわっと鼻孔に届いた爽やかな香り。シトラスの香り。
 ……お兄ちゃんの、香り。
 梓はそこから知った。
「まずいな、今、見つかったら呼ばれちまう」
 渉は廊下の向こうをうかがっているようだ。そういうふうに言ったけれど、当たり前のように梓は言葉の意味を悟る余裕などなかった。
 やわらかい、あたたかい、それだけじゃない。
 ひとの体の、感触。
 梓はこういうものを感じたことは今までほとんどなかった。
 一応、ある。
 お母さんが、褒めてくれるときたまにこうしてくれた。最近はあまりなくなっていたけれど。
 つまり、「よくやったわね」と、腕を引っ張って、体に引き付けて、ぎゅっと……。
 そこまで思い出して、梓は一気にこの状況を理解した。かぁっと体が発火したかと思うほど熱くなる。体だけでなく、顔も熱くなったし、頭がくらっとした。
 お兄ちゃんに、渉に抱きしめられてしまっているのだ。
 やわらかいのも、あたたかいのも、ひとの体の感触も。全部、渉のものなのだ。
 抱き込まれている先の胸だけではなく、しっかりした腕が、梓の背中を抱いている。
 なに、なに?
 これはいったい。
 どうしてこんなことを。
「悪いがちょっと静かにしててくれ。見つかったら連行されちまう」
 くらくらする頭で必死に理由を考えていた梓に渉は小さな声で言った。やはり言葉の意味はわからなかったけれど。
 それがまた、囁くような低くて優しい声音だったものだから、落ちつくどころか梓は気を失いそうなほどくらくらした。
 心臓はばくばく鼓動が速くなって痛いほどだ。それだけではなく、きゅうっと痛い。
 不快な痛さではなく、締め付けられるような、どこかほの甘いようなものだ。その正体はよくわからないし、どちらにせよそんな場合ではなかった。
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