義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
 もう一度、梓は凍り付いた。
 好きな、ひと?
 やはりすぐには意味がわからなかった。
 好きなひとってなに。
 そんな、普段なら意味がわかって当然のこと。今はちっとも頭が働かなくてわからなかった。
 梓が理解する前に、別の声が聞こえてきた。
「そ、そう……なん、だ」
 女の子の声だった。予想通り。
 その声は震えていた。告白をお断りされて、おまけに『好きなひとがいる』と言われたら当然かもしれないが。
 梓が理解できず、また、体も心も凍り付いたようになっていたところへもうひとつセリフが聞こえた。
「う、うまくいくと、……いいね」
 無理に言ったような言葉。それはとても優しく、渉を思いやるような言葉だったけれど、もちろん今の梓にそこまで感じられるはずはない。頭の中がぐるぐるしてしまって。
「……っごめんね! 私、もう行くね!」
 たっと廊下を蹴る音が聞こえた。とっとっと上履きで走る音が聞こえて、やっと梓は、はっとした。凍り付いていた体が動く。
 背中をつけていた壁に、もっとぺったりくっついた。見つからないように。
こっちに曲がってこられたらこんなことは意味がないし、むしろ盗み聞きしていたとバレてしまう。
 その体勢を取ってからやっと気付いて心臓がひやっとした。
 けれど、幸いそうはならなかった。駆けてきた子は廊下を曲がることなく、まっすぐ行ってしまったのだ。
 そのために、梓はその子の姿を一瞬だが見ることができた。
 ぼうっと見てしまった。
 私、このひと、知ってる。
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