義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
「書類、渡してきたよ。渡すだけで良かったんだよね?」
 梓は頷く。長椅子に座ったスカートの上。ハンカチをぎゅっと握りしめてしまっていた。
 体育館近くの休憩室。今はどこの部活も幸い活動中らしくて、誰もいなかった。第二体育館を使うことが多い楓が「あと三十分くらいでバレー部が休憩に入るから、そうしたらひとがくるかもしれないけど」と教えてくれた。
 ここ、休憩室はまるでトレーニングジムにあるような立派なものだ。お弁当を食べたりおしゃべりができる大きな丸テーブルと椅子のほかにも、長椅子がいくつもある。そこで飲み物を飲みながら一休み、とできたり、その飲み物調達も外に行く必要がないように、自動販売機が何台か設置されていた。
 夏の現在は、熱中症予防に『自由に飲めます』と書いた給水器もある。冷たい水をタダで飲めるのだ。
 楓は「特に変わった様子はなかったよ」と梓の横に腰かける。
 楓は梓に代わって、渉に書類を届けてきてくれたのだ。「どうしたの?」とまず聞いてくれて、梓が「お兄ちゃんに書類を届けに来たら……」と、言ったもののそこで詰まってしまったのを見て、「とりあえず、その書類を届けないとなんだよね? じゃあヘンに思われないように、私が渡してきちゃうよ。うまく言っておくから」と、持っていってくれた。
 悪いと思ったものの、今、渉に会ってまともに笑ったり話せたりできる気はまったくしなかった。なので楓の申し出はありがたすぎた。
 完全に甘えてしまう形になったが、楓に書類のクリアファイルを預けて、梓は連れてこられた休憩室で、ぼうっとしてしまった。
 なにを見たのか。
 なにが起こったのか。
 少し時間が経って、ショックは落ちついたけれど、まだその点についてははっきり心が受け止められていない。
 なので、さっきの光景を頭に思い浮かべて、よくわからないながらに心が痛むままになるしかなかった。
< 88 / 128 >

この作品をシェア

pagetop