ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜

「晴日さん、あなたがした事はね。ただ結婚を破談にしたってだけの話じゃないのよ。」

 真っ直ぐに立ち上る煙。神谷さんは大きな窓に打ちつける雨に目を向け、ボーッと遠くを見つめた。


「この業界は、横の繋がりが想像以上に強いのよ。あの病院はどうだとか、あそこの製薬会社はどう動くだとか、細かい情報が色々と入ってくる。......だから噂も、光の速さで広がっていくの。」

 淡々と話し出し、強い圧を感じる。

 その時の私は、前に立っているだけでも精一杯で、話の間に何か言葉を挟めるほど、余裕は残っていなかった。


「病院の仕事を辞め、家族と縁を切ってまで息子との結婚から逃げた。聞く人は、その背景にどんなことがあろうと関係ない。家を捨ててまで一緒になりたくないなんて、相当何かあるのね。みんなそう噂したのよ。」

「私、そんなつもりじゃ......」

 萎縮しながらも、考えるより先に言葉が出た。そんなつもりで断ったわけではないのだと、分かって欲しかった。


 しかし、そう言いかけた途端、灰皿に勢いよく落とされた煙草の火が、プシュッと音を立てて消える。その音に、ビクッと顔が強張った。

「そんなつもりじゃなくてもね。あってないようなことが、面白おかしく膨らんでいくのが、噂ってものなのよ。」

 そんな時でも、神谷さんの冷静沈着な口調は変わらない。声色一つ乱さず、諭すように言う。

 それが余計に、私の中の恐怖心をかきたてた。

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