ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜
すると、呆気に取られた私の前に、一枚の紙が差し出された。
『ホテル セントラル白鷺 明日13:00』
正直、これだけでは何のことだかさっぱりで、訳が分からなかった。
「ああ、私よ。お客様がお帰りになるから、下までお送りして。」
いつのまにかソファを離れ、受話器を手にそう言う神谷さん。しばらくしてノックの音が聞こえると、扉が開き、迎えがきた。
「あなたはそこへ行くべきよ。しっかり向き合ってきなさい。」
「あの、これって。」
「それでも私に話があるっていう時は、もう一度ここへ来るといいわ。でも、きっとあなたに会うことはもうないでしょうけどね。」
それが、神谷さんと交わした最後の言葉だった。謎めいた会話を、この時の私は何一つ理解できず、ただ一枚の紙を握りしめていた。
濡れた地面の上をゆっくりと歩き出し、おもむろに振り返る。高いビルを見上げながら、小さな水溜りがかすかにストッキングを濡らした。
私は、真っ直ぐマンションへ帰る気分にもなれず、湿気に塗れた空気を吸い込み、大きく息を吐く。
そのまま、なぜか私は帰路に背を向けていた。