年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
 
ハイヤーで四十分ほどで着いた植物園は、大きな公園のような場所だった。
屋外と温室の屋内コースがあるけれど、夏の温室は足を踏み入れるのをためらう温度だ。
代わりに屋外ではナイトツアーや噴水ショー、夏休みの子供のための解説ツアーなど、夏らしい催しを幾つもやっている。

私は入口で配っていたパンフレットを見ながら、のんびりと屋外の植物を見て回ることにした。
入場ゲートを過ぎると夏が盛りの薔薇がお出迎えしてくれて、グラジオラスやサルビアなどの花壇が並ぶ。ダリアも見事だ。
そのまま花木コーナーに移ると、クレマチスやプルメリア、綻び始めた秋海棠などが目を楽しませてくれた。

今日も刺すように日差しは強いけれど、花たちは快晴の下で活き活きと咲き誇っている。
美しく力強い花たちの姿に、元気をもらえた気がした。空虚だった心にじんわりと活力が滲んでくる。

園内は夏休みに入った子供や家族連れがチラホラといたけれど、かなりすいていた。
真夏の昼下がりに植物を見て散歩しようと思う人は少ないのかもしれない。
けど、私はそれが心地よかった。時々聞こえる子供のはしゃぐ声や園内放送以外はとても静かで、遠くからセミの声が聞こえる。
疲れてしまった心を寛がせるには、最適の場所だった。

それから、郷土樹木や針葉樹木、庭樹などのコーナーを見て回った私は最後に紅葉樹のコーナーに辿り着いた。

さすがにまだどの樹も色づいてなくて、葉が青々としている。秋に見る姿とは別物のようだ。
けれど。

「あ……」

それでも私は見つけた。モミジと、カエデを。

「こっちがアサノハカエデ、こっちがヤマモミジ」

似た形の葉をつけた樹を指さし、小声でつぶやく。近くに行って樹木の解説プレートを見た私は、それが合っていたことを確認してひとりで目を細めた。

……私と幸景さんが、初めて会った日。料亭の庭園で見た真っ赤な紅葉を思い出して、胸がときめく。
まだあれから一年も経っていないのに、なんだか幸景さんとはもう随分長く一緒にいる気がする。

あのときの私は今よりさらに子供で、まだモミジとカエデの見分け方も、恋の幸せも何も知らなかった。
それから彼に結婚前提の交際を申し込まれ、少しずつ少しずつ色んなことを知っていったっけ。

もしあの頃の私が今の私を見たらなんて思うだろう。妻として至らない自分にため息をつく? ……それとも、『幸せそうでよかった』って笑うだろうか。

少し考えて、後者だなという答えに至った。

「なんか私、焦りすぎていたのかも……」

青いモミジとカエデが教えてくれた気がする。
幸景さんと出会ってまだ一年も経っていない。夫婦になってからは半年すらもだ。
それなのに私は早く立派な妻になろうと焦って、ひとりでジタバタしてばかりいた。――幸景さんは、私にそんなことを望んでいないのに。

洗練された頼れる女性になって、彼に相応しい妻になることも大切だ。
けど、それはきっと今の幸せを噛みしめるよりも大事なことではないのかも。

まだ結婚して半年足らず。新婚ホヤホヤ、お互いに夫としても妻としても新米だ。至らないところがあって当たり前なはず。

今、私がするべきことはひとりでもがいて勝手に落ち込むことじゃない。
幸景さんと――永遠の愛を誓った夫と毎日一緒にいられる喜びを噛みしめて、少しずつお互いを知っていくことだ。

共に、成長していこう。
ゆっくりでいい。幸景さんなら必ず、私の手を取って一緒に歩んでくれるのだから。
そうすればきっといつの日か、彼の妻として胸を張れるようになるはず。青かったモミジやカエデが、夏を超えて成熟して艶やかに色づくように。

――なんだか気分がスッキリとした。
レースのついた日傘を傾けて、青空を覗く。いいお天気だ。今度は幸景さんと一緒に来よう。真夏の植物園も、悪くない。

今夜、幸景さんが帰ったら教えてあげようと思う。アサノハカエデとヤマモミジの見分けがついたことを。
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