君の音に近づきたい
prologue



ころころとした音の粒。

一つ一つがはっきりとした輪郭を持つ、綺麗な球体が空を舞うのが見えた気がした。

音は目には見えないはずなのに、確かに私には見えたんだ。

キラキラと光を放つ、まばゆいほどの音の粒が――。

その音は、きっと、誰も真似できない、唯一無二のもので。
彼にしか出せない音なのだ。

特別な音を紡ぎ出す彼は、きっと、音楽の神様に愛された選ばれた人。

ピアノを弾くために、神様が生み出してくれた人だ――。


彼の演奏を夢中になって聴いていた。
息をするのも忘れるほどに、ずっと手を握り締めて。

わくわくして、心奪われて、ドキドキして。


誰もが知っている超有名曲、ショパンの『子犬のワルツ』。
もちろん私も知っていた。
あまりに有名過ぎて、これまで特に好きとも嫌いとも思ったことがない。
短い曲だし、気付けばあっという間に終わっている曲。私にとってはそんなイメージしかない。

だけど。
ずっと終わらないでいて――。
そう無意識のうちに祈っていた。

こんなにも心動かされた子犬のワルツを聞いたことがない。

弾く人でこんなにも変わるんだ――。

そんな当たり前のことに酷く感動した。

私も――。

私ももっと上手になりたい。
誰かの心を揺さぶりたい。
もっともっと、高く飛べる音を出したい。

そしていつか、彼と同じ場所に――。







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