やわらかな檻
 思った以上に、それは美味しかった。


 初めて飲む私のために薄口にしてくれ、苦くないように、私が飲みやすいようにミルクまで用意して。

 甘い抹茶ミルクなど邪道。

 そんなこと、家元の息子である彼が一番よく分かっていただろうに、自らそれを作ってくれた。

 抹茶など未知の飲み物だった私。

 今普通にそれを飲めるようになったのは、当時十二歳であった慧の細やかな気配りのおかげだと思う。


「……おいし」


 あの頃はただ苦いものとしか思っていなかったのに。

 今はそれを、どこか甘くも感じている。

 小さく呟くと、東としてお茶を点てていた慧と目が合った。にこりと微笑まれる。

 次いで、正客である小母さまと視線がぶつかった。


 一見、柔らかな微笑みで。
 春の日差しのように温かく優しく、聖母を思わせるそれだった。


 しかし、その目は笑っていない。


 真冬のような冷たい光が、彼と同じ黒い瞳に宿っていた。
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