また逢う日まで、さよならは言わないで。
「來花の知っているホクトと、俺の今から話すホクトが同一人物かどうかはわからないけど……。俺の知ってるホクトは、ホクトが生まれた時からずっと一緒だった。今日会ったガクもね」
ガクとは、今日『センニチコウ』であったあのダンディーな店長さんのことだろう。
「幼馴染ってやつですか?」
「んー、ま、そんなとこかな」
「仲良かったんですか?」
「いつも、俺とガクはホクトに振り回されてた。ホクトより5歳も年上の俺とガクを振り回すんだからどれだけわがままなやつだったか想像つくでしょ?」
そういって、話す立花さんの表情は今日見てきたどんな表情よりも、優しい顔をしていた。
「ホクトは本当に優秀で、将来を期待されてた。頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗。ホクトの右に出る奴なんて俺は見たこともない。ガクも俺もそんなホクトに感化されて日々過ごしていたんだ」
「今でも会うんですか?」
「しばらく俺もガクもホクトには会ってないんだ。連絡はちょくちょく取ってるんだけどね」
「何か、会えない理由でもあるんですか?」
「……んー、特にないんだけど、しばらく会ってない時期があって、なんだかホクトとの距離の取り方がよく分からなくなっちゃってね」
そういって、笑った立花さんの顔はなんだか切なくて、こっちまで泣いてしまいそうだった。
「きっと、大丈夫ですよ」
「……え?」
何も知らないのに、気づけばそんなことを言っていた。
「何の保証もないけれど、また昔みたいに笑い合えますよ。そして、またホクトさんに振り回される日々が来ますよ」
「……そうだといいな」
やっと、いつもの笑顔になった立花さん。
私もつられて笑ってしまう。
「きっと、そういうところなんだろうな」
「え?」
「……なんにもない」
立花さんは私よりも先に立ちあがり、私の前に手を差し出してくる。
私はその手をとり、立ち上がった。
気づけば、太陽は水平線に少し沈んでおり、茜色の空が私たちを包む。それを私たちは手を取ったまま、日が沈むのを見ていた。
いつまでも沈まなければいいのに。
そうしたら、ずっとこのままでいられるのに。
「ありがとう。今日来てくれて」
立花さんの私の手を握る手が少し強くなる。
私はそれにこたえるかのように横に立つ立花さんを見上げた。
海風に揺れる、立花さんの少し癖のある髪。
きれいな瞳は真っすぐと海のほうを見ていた。
その瞳は何を見ているのだろう。
何を見ようとしているのだろう。
「いえ、今日は楽しかったです」
私の言葉に、立花さんは少し口角をあげる。
そして、横目で私のことを見る。もう私は目をそらしはしなかった。
いや、そらすことができなかったというほうが、正しいかもしれない。
私は立花さんの、そのきれいな瞳に吸い寄せられていた。
「嫌だったら言って」
その瞬間、力強く腰を引き寄せられ、きれいな瞳がぐっと近くなる。
「……っ」
キスされる。
そう思った。
唇が当たりそうになった時、立花さんの私を支える手が緩んだ。
私は閉じかけた目を開けた。
さっきまでつないでいた手は離され、立花さんは私に背を向ける。
「ごめん、びっくりしたよね。まつ毛にごみついてたから、取っただけ。……帰ろうか」
私に背を向けたまま立花さんはそういった。
さっきの切なげで、だけどまっすぐな瞳は何だったのか。
明らかにさっきの流れはキスする流れだった……はず。
何を思って、やめたのか私にはわかるわけもなくて。
「……はい」
今はそう返事することしかできなくて。
立花さんの背中について行くことしかできなくて。
すでに夕日は沈んでいて、淡くオレンジにきらめく海を背に、私たちはその場を後にした。