こんなにも愛しているのに〜すれ違う夫婦〜

心離れて

あの日
理恵から連絡を受けた樹は大慌てで病院へやって来て
先生からの説明を受け
入院に関する事務手続きをして
また
すぐに会社へ戻った。

’悪いな’
と言いながら。
少しも悪いなんて思っていないでしょ。
と私は意地悪く思った。

樹は
自分の友達に何かあれば
私との約束も反故にして駆けつける人だった。
そういう人だとわかっていたし
そういう樹を好きだったが
自分が一番樹を必要としているときに
いてくれない樹に
段々と
卑屈な気持ちを抱くようになり
それを
樹にぶつけられない自分に
諦めにも似た気持ちを抱いていた。

それからの樹からは
香水の香りがすることがなくなった。
その代わりの香水の香りもしない。
どうしたんだろう?
別れたの?

親にはもちろん
理恵にも相談できずに
悶々としたまま
表面は普通の生活に戻っていた。

樹との仲は
いつも通り
淡々として表面上穏やかに
過ぎて行った。

樹に尋ねる勇気もなく
腫れ物に触るように接する樹を
疎ましく思いながらも
お腹の子は成長していった。

実家の両親は不安定な私を心配して
里帰り出産を提案してくれたが
小学校へ上がったばかりのましろの環境を
変えることも可哀想で
産後帰宅後一週間だけ母に助けてもらうことにした。
あとは
理恵が面倒を見ることをかって出てくれた。

ここでも
樹の存在はなかった。
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