人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!

貴族の義務ではなく事実として

 声を聞いた途端、私は泣きそうになるくらい安心した。いや、実際、目が潤んだ。これは確実に、涙目になっている。

(……大丈夫。大丈夫よ、イザベル。ラウルさんが、来てくれたわ)
(カナさん……)
(大丈夫)

 心の中で現世の私(イザベル)に話しかけると、私は(ケイン)を見て口を開いた。幸い、声は震えずに済んだ。

「悩みは、誰にでも……貴族にも平民にも、あります。それなのに、一方だけを相手には出来ません」
「……ですが! 修道院にいるだけで、十分でないですかっ。我々貴族と、平民は違うのです。適度に距離を置くことが、お互いの為なのです!」

 私の反論に、(ケイン)が不服そうに顔を顰めて言葉を続ける。
 思えば半分平民のエマではなく、侯爵令嬢の私を王太子の婚約者にしようとしたくらいだ。あと今の発言から察するに、親や周囲が平民に入れこまないように教えてる可能性がある。

(差別だとは思わない。宰相って、前世の総理大臣だもんね。平民からのハニートラップに引っかかったら、大変よね……いや、それ考えると乙女ゲームはどうなるんだって話だけど。まあ、純愛だしヒロインが彼女なら大丈夫!)

 考えているうちに、ちょっと怖い考えになったので自分に言い聞かせることにする。いや、そりゃあネット小説でそういう説(一般的なハニートラップとか、実はヒロインが他国からのスパイとか)も出るくらいだからね。

(だけど、子供のうちならともかく……いや、違うな。次期宰相の可能性があるなら尚更、無意識に平民を拒むのはやめさせないと)

 ちょっと気になったのは平民のラウルさんだが、空気を読んでくれているのか黙って見守ってくれている。
 顔は見えない。でも回された腕や、背中に触れる体温から守られていることを感じながら、私は静かに言葉を紡いだ。

「……父が不在だった時、私を生かしてくれたのは母と、屋敷の使用人達です」

 まあ、構われるのが母の気分次第だったり、使用人達に邪魔者扱いされてはいたけど――それでも、最低限の生活や食事は与えられていたし、使用人の中には平民もいた。だから詳細は語らず、私はただ『事実』だけを口にした。

「そして修道院(ここ)では、私は貴族令嬢ではありません。ただの、イザベルです……皆さんは、私をただ私として見てくれて、頑張った分だけ認めてくれました。その恩を返すのに、貴族だけを相手にするのは間違えています」
「ですが……」
「ケイン様の家の使用人に、平民はいないのですか?」
「……それは」
修道院(ここ)に来て多少は覚えましたが、初めは掃除や料理、着替えなども一人では出来ませんでした。ケイン様は、どうですか?」
「…………」

 黙った(ケイン)に、私は内心「よっしゃ!」と拳を握った。
 そう、目に見えて接していなくても(ケイン)の生活、それから貴族って地位も平民によって支えられている。概念だけではなく、物理で。掃除や料理、そして身だしなみなど貴族は一人では出来ない。

「勿論、不用意に踏み込んではお互い、困ってしまうかもしれません……でも、お世話になっている方々を身分だけで遠ざけることは、私には出来ません」

 言うだけは言った。あとは、(ケイン)がどう出るか――もっとも、反対されてもやめるつもりはないが。
 そう決意を固めていたら、今まで黙っていたラウルさんが思いがけないことを言い出した。
< 46 / 68 >

この作品をシェア

pagetop