人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!

二人の約束

「……薄々は感じていたが、君の父親はクズだね」

 現世の私(イザベル)と共有していた記憶を話すと、アントワーヌ様はため息と共に呟いた。
 前世の私(加奈)としては頷きたかったが、流石に現世の私(イザベル)に申し訳ないので何とか思い留まる。だが、そんな私に現世の私(イザベル)は言った。

(カナさん……私も、同じだから)
(……イザベル)

 心が一つになったので、私はアントワーヌ様の呟きに無言で頷いた。そんな私を見て、アントワーヌ様が話を続ける。

「これを機会に、父親を捨てるかい?」
「えっ?」
「新年の宴の支度の為に、父親に話がいったが……逆に言えば今回、そしてこれからも侯爵家の世話にならずに対応出来たら、父親は必要ないということだ」
「確かに……でも、修道服では駄目なんですよね? ドレスを買うお金なんて……」
「……方法は、これから考えるとして。出来るとしたら、君はどうしたい?」
「私は……」

 前世の私(加奈)と、現世の私(イザベル)はどうしたいのか?
 そう問われて、私は――私達は、心を一つにして答えた。

「出来るのなら、父親と縁を切りたいと思います」
「よろしい。ならばそう出来るよう、私は君に力を貸そう」
「……よろしいのですか?」

 躊躇なく告げられた言葉に、私は驚いた。
 爵位から言うと当然、現世父の家の方が上だ。しかも引退して修道院にいる身で、私に力を貸してくれると言うのだろうか?
 そんな私に、アントワーヌ様は笑みに瞳を細めながら言った。

「ああ。女子供を蔑ろにする輩は、嫌いでね」



 夕食後に呼ばれていたので、その日の夜は赤く腫れた目に濡れタオルを載せて、寝台に横になった。そして私は現世の私(イザベル)に、声に出さずに語りかけた。

(イザベル。聞こえる?)
(ええ、カナさん)
(……私はずっと、イザベルの傍にいるわね)

 ただ、家を出るだけとは違う。今度は二人で決めたこととは言え、私は七歳の幼女に実の父親を捨てさせる。
 代わりにはなれないとしても、自己満足だとしても――どうしても、私は現世の私(イザベル)に伝えたくてそう言った。
 そんな私に、現世の私(イザベル)の声が答える。

(私も……)
(イザベル?)
(私もずっと、カナさんの傍にいるわね)
(えっ……?)
(だって……カナさんのご両親も……ここには、いないでしょう?)
(……イザベル)

 前世の私(加奈)には、現世の父親への思い入れはない。
 ……しかし同時に、思い入れのある前世の両親はここにいない。私の過去を知っているからこそ、現世の私(イザベル)は私を気遣ってくれたんだろう。

(ありがとう、イザベル)
(私こそ! ありがとう、カナさん)

 そうお礼を交わし、胸が温かくなるのを感じながら――濡れタオルを載せたまま、私は眠りに落ちた。
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