ロミオの嘘とジュリエットの涙
 日付が変わりそうな頃、家族の中でいつも最後にお風呂に入る母をリビングで待っていた。そっとチェストの上に置いてある写真立てに手を伸ばす。

 経年劣化した古い写真。家族四人で写っている一番古いものだ。赤ん坊の私と共にまだ幼稚園くらいの透は笑うどころか唇を真一文字に引き結び、緊張した面持ちをカメラに向けてる。

「結、どうしたの?」

「お母さん」

 髪をタオルで拭きながらバスルームから出てきた母は驚いた顔をしている。無理もない、寝支度を整えたらほぼ自室で過ごすのが定番だから。今は、時間も時間だ。

「あら、懐かしい。もうあれから十八年だもんね」

 写真に気づいた母は目を細めた。目元に小じわが出来て、写真の中の母と比べると、ずいぶん年を取ったと感じる。

 当たり前だよね。私も大学生だし。逆に私は若い頃の母に似ていると以前にもまして言われるようになった。

 言われてみれば似ている……のかな?

「こうして見ると親子ね。透も若い頃のお父さんそっくりになってきて……」

 母は私を出産して退職し、子育てが落ち着いてからはパートに出かけている。父はあからさまな愛情表現や言葉はないが、誰が見ても仲のいい夫婦だ。羨ましくなるほどに。

「結と透が仲のいい兄妹でよかったわ」

 なにげない母の言葉に胸が締め付けられる。駄目だ。こんなところで揺らぐわけにはいかないのに。

「お母さんに話があって待っていたの」

「なに? 改まっちゃって。ひとり暮らしでなにか不安なことがあるの?」

 一段と声のトーンを落とした私に、わざとなのか明るく屈託のない笑顔で母が尋ねる。

 本当に、こんな娘で申し訳ない。ごめん、ごめんなさい。

 謝罪の言葉は口にせず、代わりに私は先を続ける。

「あのね、実は私――」
< 8 / 17 >

この作品をシェア

pagetop