ステレオタイプの恋じゃないけれど
うわうるせぇ叫ぶな馬鹿ほら文句言ってねぇで行くぞ野宿したいんか。
息継ぎなしでそう言われてしまえば、当然、野宿への答えはノーサンキューなわけで。ほろ酔い気分で終えたかった一日はどうやらまだ終わらないらしい。
「てか、アポなし平気なわけ? その人」
「今日定休日だから絶対家にいる」
悠真の持っている車に乗せられ、走ること十五分。たどり着いたのは、どこからどう見ても富裕層が買うような背の高いマンション。否、ビル。否、やはりマンション。
オートロックは当たり前の指紋認証。己の家でもないのに我が物顔で認証クリアしている悠真は一体何者なんだと思いはしたが、口を挟んで機嫌を損なわれるのも嫌なので、黙って彼のあとをついて行くことにした。
ホテルかと思うようなエントランスに、噂でしか聞いたことがないコンシェルジュ。カウンターの内側でにこにこと笑っているはずなのに、人を見定めるかのような視線がとても怖かった。
「てか、聞いていいか」
「あ?」
ポーン、という軽快な音を立てて口を開けたエレベーターに乗せられ、真っ黒な正方形のそこにかざされた一般的なサイズの長方形のカード。ピ、と小気味良い音が鳴って、その口が閉じられる。
「何でお前、指紋とかそのカードキーっぼいのとか、持ってんの?」
音もなく、スムーズに上昇しているその箱の中で、気になって仕方がないけど聞くのは気まずいなと遠慮していたことを、どうしても心の中だけには留めておけず、けぽりと体外に吐き出してしまった。