プラチナー3rdーfor Valentine
バレンタイン当日。和久田と待ち合わせて適当なコーヒーショップに入る。和久田がオーダーをテーブルに持ってくると、紗子は鞄から用意していたカップケーキの入った紙袋を取り出した。
「これ……、約束のやつ」
緊張しながら紙袋を渡すと、満面の笑みで受け取られた。
「えっ、手作り? チロルでも良かったのに」
「だって、ご所望だったじゃない。でも、チョコじゃないの。ケーキ。カップケーキにしてみた」
「見ていい? 見たい」
わくわくと子供のように和久田が言うので、どうぞ、と返した。和久田が紙袋の中からカップケーキの包みを取り出す。
「うわ、すっげ! 売りもんみたい!」
透明な袋にラベルをつけて包んだのが市販品みたいに見えたようだった。ラッピングの効果である。
「今すぐ食べたいけど、店ん中だとまずいかな……」
「駄目でしょ」
そう言ったのに、和久田はひと口だけ、と言って、包みを解いた。
はむっと和久田がカップケーキを齧る。その様子をどきどきしながら見つめてしまった。……だって、不味いと思われたくない。直ぐに和久田の口角が上がって、満足してもらえたことが分かった。
「上にのってるチョコ、ビターで作ってくれた? あんまり甘くなくて美味い。ケーキもふわふわ」
にこにこと嬉しそうな和久田にホッとする。好きな人にチョコを受け取ってもらえるのって、こんなに嬉しいことだったんだ。その相手が和久田で良かったと思える。紗子のことを分かってないと思う時もあるけど、こんなに満面の笑みで紗子のことを好きだと言ってくれる人で良かった。
「それでね、金曜日に浜嶋主任とあの店行ったから、浜嶋主任と、あそこのシェフと、あとクリスにも義理カップケーキ渡してきたの」
わだかまりがあってはいけないと思ってそう報告すると、正面の和久田の顔が途端に渋面になった。
「……浜嶋主任や、まあお世話になってるシェフの人は兎も角、なんであいつにまで渡すの……」
「だって、シェフにだけ渡して、クリスに渡さないってこと出来ないじゃない。義理なんだから……。カップケーキって言っても、和久田くんのやつみたいにデコレーションしてないし、ホントにただのチョコチップケーキよ。報告したからね? 後で文句言わないでね」
紗子がそう言うのに、和久田は不満そうにぶつぶつ言っていた。でもそれも裏を返せば、和久田が紗子のことを好きだと思ってくれている証でもあるので、紗子は黙って不平を受け入れた。
不満をぶつけられて幸せを感じるなんて、恋が実るまでは考えもしなかったことだった。
恋愛って奥が深い。紗子はそう思った。