セフレのテラダ
マンションの駐車場まで来た時、壁に寄っかかっている1人の人が目に入った。

「あ」

片手にビニール袋をぶら下げているテラダだった。

「え、なんで」

思わず動揺する私。

「いや、自転車取りにきたんだけど」

テラダも動揺している。

何か買ってきたんだろう。
飲み物が入ったようなビニール袋がテラダの手元で揺れる。

前野さんも隣で固まってしまった。

「自転車」

私の口からこぼれる。

「もしかして彼氏?」

前野さんが隣からため息とともに聞いてきた。

なんとも言えない笑顔で私を見る。
否定することも、何か答えることもできずにいる私を。

「・・・そっか。」

私が何か言う前に勝手に前野さんは答えを出したようだ。

「言ってくれたら良かったのに。」

大人な人。
優しく言う前野さんを見る。

こんな場面でも笑顔なんだ。

前野さんは静かに私から一歩離れる。

「なんか、すみません。」

テラダがカラッとした笑顔で、私と前野さんの間を割るかのように近付いてくる。

否定しないでいてくれた。
少し、助かったと思ってしまった。

「じゃあ俺は帰るよ。」

そう言うと前野さんは余韻を残して軽く手を振る。

私の口からは「ごめんなさい」の一言も出ない。

前野さんは最後に無理に笑うと、こっちに背中を向けて少しゆっくりめに来た道を戻っていく。

何も言えないでただ見つめるだけの私。

前野さんの背中は、少ない電灯に照らされた薄暗い道に吸い込まれていくようだった。

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