愛がなくても、生きていける



「嫌いとかじゃなくて、ただ、どんな顔をすればいいかがわからなかっただけ」



どんな顔をすれば、って?



「母親が亡くなって、けど周りには心配かけたくなくて明るく装ってた。そんな中で清水の言葉に自分の弱さを見透かされた気がして……恥ずかしくて情けなくて、顔が見れなくなった」



そう、だったんだ。

その言葉に、以前彼が自分のことを『あの頃はガキだった』と言っていたことを思い出した。



『……うるせぇんだよ。お前に、なにがわかるんだよ』



あの言葉は、幼い彼なりの強がりだったのだろう。



「けど今思えば、それに気づくくらい俺のことを見てくれていたんだよな。ガキだった俺はそれに気付けなくて、そんな自分がもっと情けなかった。

だから再会したときには素直な自分でいるって、決めてたんだ」



その言葉とともに、彼は私の体を両手で包むように抱きしめた。



「好きだ、清水。踏ん切りがつかなくて答えが出せないなら。今すぐに答えはいらない。けど幸せになれないとか思うのはやめてくれ。

俺はお前に幸せになってほしいし、幸せにしたいって思ってるから」



少し緊張した低い声が、祈るように囁いた。

抱きしめる腕の強さが痛いくらい、でもこれだけの力を込めて自分を抱きしめてくれる人がいる。

その事実が嬉しくて、堪えていたものを吐き出すように泣いた。



ぼろぼろと大粒の涙が頬をつたい、彼のシャツの胸元を濡らす。

それもいとわず、大迫はずっと私を抱きしめてくれていた。





元彼と離れた私は、これからはひとりでいようと誓った。

私は愛がなくたって、生きていけるから。



だけど彼のあたたかさに触れて、愛があれば自分の世界はきっと変わることを知ってしまった。

愛があると、強くなれる、優しくなれる。

自分だけのためじゃない。

誰かのためなら、今よりもっと。




  
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